あまりに安穏な日々だった。
骨身まで貫かんばかりの赫々たる光は、遮られ、遠ざかって。
いつしか俺にとって、過去のものとなった。
光に身を灼かれながら生きていた頃のことを思い出そうにも、頭の天辺から爪先までを苦痛に浸し続けた月日の記憶は、砕けた鏡の如くばらばらで。
時を経る毎に細かく、細かくなっていく破片を覗き込み、写し出された断片を繋ぎ合わせてなお、確かな像を結ぶことは最早稀であった。
……それでも、鮮明に思い出せるものがひとつだけあって。
たとえば。俺達の寝室である大部屋の、様々な空気が混ざり合った独特なにおい。
隣に並び無言で胃袋へ押し込んだ食事の、機械的な味。
私語を咎める大人の耳を逃れるため、いつも囁くように潜められていた声。
縋るように繋ぎ続けた掌の硬さ、冷たさ。
白く、細く、弱りながらも失われなかった瞳の灯火は、かの国が抱えた、すべてを塗り潰し一点の曇りも許さない光とは全く違っていて。
それらが構成するひとつを。一人を。
忘れられないまま、生きている。