>>214
[引き留められ、足を止める。
勘違いという類いの話なら先を急ごうかと考えたが、老婦人の話に耳を傾けると、どうもそういうわけでもないようだ。
“生者の手ではない、あの手は助けを求めてる、行かないで”
目の前の老婦人は医者だという。
真っ当に医療に従事し、人の生に関わる人間ならば、助けを求める人間には手を差し伸べるだろう。事実、目の前の女性もそうしたという。
でも、差し伸べた手を掴んだのは、死者の手。
他の人間ならば、死者が助けを求めることについて、怪談話だと一蹴することもできたのかもしれない。
でも目の前にいるのは医者。そして私は精神科医。
彼女は身体の傷を癒し、私は心の傷を癒す。
担う役割は違えども、私達は二人とも人を生の道へと引き戻す仕事をしている。
目の前の女性は私の手を掴み、行かないでと言った。
死者は救えない、けれども今生きている私は救えると、手を掴んでくれたのだと思う。
同じ志を持つ、必死の呼びかけを、行動を疑おうとは思わなかった。]