獣使い ビアンカ

─　酒場・バルコニー　─

［魔王との決戦前夜。
　勇者エアハートの仲間の一員、ビアンカは悩んでいた］

獣使い ビアンカ

［ビアンカは生まれて間もない頃に魔王軍に拾われ、育てられた、人間の娘だ。
　身も心も魔王の僕（しもべ）である。
　だが素性をひた隠しにして、勇者と行動を共にしてきた。

　その理由はただ一つ。
　勇者一行が魔王へと刃を向けるその瞬間、背後から不意をついて魔王を手助けするためだ。

　ビアンカが加わったのは、エアハートの旅の半ばごろ。
　魔王軍から下された黒いサーベルタイガーを自ら捕らえたと言い張って、獣使いとして仲間入りした。

　旅すがら星狩りの鞭（スターハント・ウィップ）を手に入れたのも、それを魔王に向けさせないため。
　決戦の折、勇者を絞め上げるため──

　──だったの、だが］

獣使い ビアンカ

［いよいよ明日、魔王の元へ向かうという今になって。
　ビアンカは計画の実行を悩んでいた］


　　……はぁ〜ぁ……。


［ビアンカがいるのは、エアハートの席からはだいぶ離れた位置にあるバルコニー。少し前までは同じ席で飲食していたが、「飲みすぎた」と言い訳して席を外したのだ。

　グラス片手に手すりにもたれて夜風に当たりながら、明日の決戦に思いを馳せる。
　当初の予定通りに魔王軍のために動くかどうか。そのことばかりを考え続けていた］*

獣使い ビアンカ

［バルコニーから酒場内を眺める。

　少し前までいたエアハートの席では、
　エアハートがお気に入りの一杯を飲んでいて、>>6
　アルノがエアハートの隣で話しかけていて、>>7
　リベリオはまだこれから乾杯といった様子。>>18>>20
　ビアンカは既に*フレンチ75*を1杯飲み干した後なのだが。

　カウンターではロザリンド……ローズが仕事をしながら店内を見守っている。>>11
　ローズなら悩みを聞いてくれるのではないか。
　そう思ったビアンカは少し悩んだ末、店内に戻った］


　　ローズ、今忙しい？


［カウンターまで行って声をかけ、空のグラスを見せた。
　飲み物がほしいと暗に伝えるように。
　忙しそうなら飲み物をもらって去るつもりで、もし時間がありそうならカウンターで少し話そうと思っていた］*

獣使い ビアンカ

―　回想・リベリオとの出会い>>24>>25>>26　―

［ビアンカが仲間入りした頃、リベリオは既にエアハートと行動を共にしていた。
　出会ったばかりの頃の彼の自己紹介には閉口したものだった。>>16

　「魔王は“悪”」
　そう言い切る彼は何を知っているというのか。

　その上、ビアンカの相棒たるサーベルタイガーに芸を仕込もうとする始末である。
　エアハート一行と旅を始めたばかりのビアンカにとって、リベリオの心証はそれはもう悪いことこの下なかった。

　だが、彼の問いに付け足された言葉がひどく印象に残ったのだ］

獣使い ビアンカ

　
　　コイツは……
　　主従といえばそうなのかな？
　　あたしは相棒だと思ってるけど。

　　あんた変わったこと言うね……、
　　魔王のことは“悪”って言い切るのに。
　　魔物はいいの？


［そのとき、黒いサーベルタイガーを指して答えながら、じっとリベリオを見つめたのだった。
　
　そんな彼が自分の悩む様子に気付いているとは夢にも思わず。
　決戦の日が近づくにつれ、悩みが深くなる様子は見せてしまっていた。
　その内容まで話すことは無かったけれど］*

獣使い ビアンカ

―　カウンター　―

［ローズはすぐに代わりのグラスを差し出してくれた。>>34
　さっきのカクテルが気に入っていたことまで伝わったようで、ビアンカも自然と笑顔になった。
　少し話をしようと席に座ったところで］


　　こっ、恋！？　そんなんじゃないよ。


［>>35突拍子もないことを言われて目を丸くして、慌てて否定して］

獣使い ビアンカ

　
　　そうじゃなくて……、……えーっと。
　　ずっと信じてたものが信じられなくなりそうなとき、
　　ローズだったらどうする……？


［抱えた悩みの内容を正直に明かすわけにはいかず>>9>>10
　一般的に通じそうな内容に言い換えた。

　ビアンカの悩みの理由。
　幼い頃から絶対的に正しいと信じ続けていたはずの魔王軍なのに、勇者たちと世界を巡る旅をして、必ずしもそうではない気がし始めたのだった］*

獣使い ビアンカ

―　カウンター・ロザリンドと　―
　
　　信じたい、もの……


［「それがわからなくなっているときは？」
　そう問いを重ねるのは躊躇った。

　ローズも密かに悩んでいたのだと、言葉を聞いて。>>45>>46
　それから思い出す。戦いのときの姿を>>42>>43>>44］

獣使い ビアンカ

　
　　あたしは好きだけどなぁ、ローズの戦い方。

　　初めて見たときはびっくりしたけど、でも、そう。
　　ローズの言う通りなんだよ。
　　輝いて見える。

　　……きっと、強く信じてるからなんだね。


［それだけ信じられるものがはっきりとある。
　それもまた“強さ”の形なのだろう］


　　あたしが……信じたいことかぁ……。


［今、一番信じたいものとは何だろう。
　魔王軍の正しさ？　それとも、世界を旅して自分が見聞きしてきたもの？
　ビアンカにはその答えが、すぐには出せそうになかった］*

獣使い ビアンカ

―　回想・『星狩りの力』　―

［魔王軍は『星狩りの力』を恐れていた。
　恐れるがあまり、あちこちの集落を攻めては滅ぼしていた。

　その中のひとつがビアンカの故郷だ。
　そして当時赤子だったビアンカは魔王軍の手に落ち、そのまま育てられた。魔王軍の一兵卒として。

　ビアンカは魔王軍を疑ったことがなかった。
　彼らは自分を育ててくれた親たち、そして共に育った兄弟姉妹たちだ。

　本来なら魔王を倒すための力のはずの『星狩りの力』が自分に宿っていることを知ったときも、それを疑問に思いはしなかった。
　むしろ、その力を魔王に向ける敵が一人確実に減ると喜んだものだった。
　魔王軍がビアンカを手中に収めた理由を深く考えることもせずに］*

獣使い ビアンカ

―　回想・自動人形の複製　―

［“虹彩”と呼ばれる癒しと護りの力を持つ、古の自動人形。>>27
　その噂は魔王軍にいた頃、ビアンカも聞いたことがあった。

　もし複製が叶えば、魔王軍は大量の癒し手を得ることになる。
　魔王ノエルはそれを召喚術で実現しようとしかけていた。>>48
　どんな理論なのか、魔法に疎いビアンカは知る由もなかったし、その上、手伝いようも無かった。なぜなら既に魔王軍から離れてエアハートと行動を共にしていたからだ。

　エアハートがブリジットを助けるのを邪魔しようかとビアンカは悩んだものだったが、結局は“仲間”として手助けすることを選んだ。
　信頼させておけばさせておくほど、後に裏切りやすくなるはず。そう信じていた。

　その頃はまだ、エアハートたちを裏切ることに迷いが無かったのだ］*

獣使い ビアンカ

―　回想・エアハート一行への加入>>52　―

［エアハートの旅の半ば、序盤の仲間集めの終わり頃。
　ビアンカは自分から志願するつもりでエアハートの元に向かったが、『星狩りの力』のことを知って、エアハートも逆に声をかけてくれた。何一つ疑われることなく“仲間”となれたことは、好都合だった。

　本当の名前を「ネビ」だと教えても、彼はサーベルタイガーを「タマ」と呼び続ける。
　常々見せるお人好しらしさとのギャップが面白くて、ビアンカもその呼び名を許していた］


　　魔物が飼いたくて敵意剥き出し……？
　　結構みんな魔物好きなのかねぇ？
　　あたしは好きだけどさ。可愛いのもいっぱいいるし。


［魔王軍に育てられたからこその言葉ではあるが、“仲間”たちには「獣使いだから」と受け取られたのだろうか。
　「心強い」その言葉通りに、エアハートはビアンカに背中を無防備に晒してきた。>>52
　その背中をビアンカは支え続けた。エアハートのことだけでなく“仲間”のことも。完全に油断させてこそ、容易に仕留められようというものだからだ。

　そう思っていたはずが、いつの頃からか――裏切る決心がつかなくなり始めていた］**

獣使い ビアンカ

―　回想：イルムヒルトとの一騎討ち>>65　―

［普通に考えれば、竜騎士団が負けるはずは無かった。>>64
　縦横無尽に空を舞い、竜と力を合わせた攻撃で数々の敵を打ち破る、無敗の軍勢。それが魔王ノエルが擁する竜騎士団で、だからこそ空に浮かぶ魔王城の防衛を任せているのだ。>>101

　だが、エアハートたちが空賊団の助けを得てしまえば話が変わる。
　魔導砲の脅威は魔王軍でも聞き及んでいた。>>95
　直接は敵対してこないからと放置し続けていた空賊団が、こんな形で敵になるとはビアンカは全く予想していなかった。

　だから。
　一騎討ちに“失敗”すればいいと思った］


　　面白いこと言うじゃないの。
　　あたしが相手だ！


［気付けば、誰より先に名乗りを上げていた>>102］

獣使い ビアンカ

［だが、ビアンカの戦い方は一騎討ちには向かない。
　鞭を操って敵の動きを妨げ、他の誰かの追撃を助ける――そういう戦い方だからだ。

　使役するサーベルタイガー・ネビは側に控えさせたまま。
　それを誰かが指摘することはあっただろうか。

　もしイルムヒルトの許しがあるなら、ネビとは共に戦うつもりもあった。
　そのときはいっそ殺すつもりで挑むことになっただろう。
　イルムヒルトを殺してしまえば、やはり空賊団は協力しようがないだろうから。

　もっとも、仮にどちらかの命に危険があったとしたら、そのときはエアハートが必死で止めに入るのだろうけれど］*

獣使い ビアンカ

―　回想・魔王ノエルと勇者エアハート　―

［魔王ノエルは、ビアンカにとって仕えるべき王でもあり、兄のような存在でもあった。
　ビアンカは彼を慕っていたし、彼のことは無条件に正しいと思っていた。

　彼がなぜ、星を召喚するのか。>>5
　ビアンカは一度問うてみたことがある。

　「それが俺たち（魔族）のため、そして“星”のためなのだ」
　ノエルはそう答えただけで、深くは語らなかった。

　彼が言う“星”と、召喚される星は、どうやら別のものらしい――当時のビアンカにわかったのはその程度。
　ノエルが正しいことをしているのだと信じ続けて、エアハートたちの旅に加わった］

獣使い ビアンカ

　
［だが、旅を続けるうちに疑問が湧いた。
　正しいことなら、なぜ世界中に敵がいるのだろうか。
　なぜ世界中のあちこちで魔王たちが疎まれるのだろうか。

　本当に正しいことをしているならば、次々に味方が増えてもいいはずではないか。
　エアハートの旅路がそうであるように――］
　

獣使い ビアンカ

［ノエルは言った。
　「エアハートだけは確実に仕留めたい」と。
　だから使える兵を忍び込ませておきたい、そう言ってビアンカに命じたのだ。エアハートの旅に加わり、ノエルが彼を仕留めるときに手助けをするようにと。

　ビアンカはその理由を問わなかった。
　当時のビアンカにとっては「それほどの敵だから」で終わってしまう話だったのだ。

　エアハートとペガサスは“友達”になった。>>100
　きっとそれは彼の星狩りの力の強大さを表しているし、それだけで魔王ノエルが敵視するには充分だ。
　ペガサスはそれ自身が星狩りの力であるのと同時に、星狩りの力を持つ者にのみ心を許すという。だが、誰でもいいわけではないそうだ。星狩りの力を持ち、神器を手にできても、ペガサスの協力は得られない。そんな人々も伝承に数多く残っている。

　だから、ビアンカはなんとなく納得した気分になった。
　ノエルがエアハートを強く敵視する理由を。
　エアハートとノエルの因縁について聞いたことは、ビアンカは無かった］*

獣使い ビアンカ

―　回想：加入直後のエアハート>>98>>99　―

［ビアンカはエアハートのことを詳しく知らなかったけれど、話してみると随分と人懐っこく無防備な青年だった。
　こんな無害そうな青年をなぜノエルは――と不思議に思ったものである。
　後になんとなく理由を実感することにはなるのだが>>107］


　　あんた、そんなに人懐っこいのに、
　　魔物はともかく動物にも嫌われるの？
　　動物って人の本性がわかるって言うよ？


［それはただの冗談で、エアハートの本性がどうのこうのと言う気はなかった。
　彼の態度に裏が無いことも、後々これでもかというほど知ることになった］

獣使い ビアンカ

［「友達になれる動物がいたらいい」>>99
　エアハートのその言葉と、リベリオの「味方になってくれるやつがいるっていいことだな」>>25とが重なって］


　　面白いねー、あんたたち。
　　似た者同士が一緒に行動してるってわけだ？

　　エアハートにもできるといいよね、あたしの相棒みたいな奴がさ。


［そんな風に言って笑って、そのときは会話を終えた。後に彼がペガサスを手懐けるとは夢にも思わなかった。

　相棒のサーベルタイガー・ネビは魔王軍から下賜された魔物だけれど。
　ビアンカは元々魔物たちとは親しく、ネビとも幼い頃から友好関係にあった。
　星狩りの力を持ってはいるが、それを魔王や魔物の敵として使うことが無いと、魔物たちも知っていたからだろう。

　きっと魔物たちは今も信じている。ビアンカが真の意味で敵対することは無いと。
　ネビはビアンカの迷いに気付いているかもしれないが、命令を厳格に守るよう調教されている。ビアンカが命じなければ、自分からは誰にも牙も爪も向けないだろう。勇者にも、仲間にも――魔王にも］**

獣使い ビアンカ

─　『星』と『星狩り』　─

［魔族と言うが、結局は人なのだ。
　星の力に魅入られた人、星の力を宿す人。その集まり。
　だから虹彩の恩恵を受けることもできる。>>110
　自動人形側が与えたがるかは別の問題として。

　魔物も同じこと。星の力を宿す動物に過ぎない。
　星狩りの力を宿す動物もまた『魔物』と称されるのと大差はない。>>100

　『星狩りの力はこの世界に在るべきでない』
　それが魔と呼ばれる者たちの主張。

　星の力を知る者たちは知っていたのだ。
　星狩りの力は“星”をも滅する。
　輝ける“星”、個々の命を抱く“星”>>4──それすらも、だ。

　彼らは星の力を使って“星”を守ろうとしていたのだ。
　たとえ世界の平和や個の幸福を犠牲にしたとしても］*

獣使い ビアンカ

―　回想：リベリオという脅威　―

［ビアンカにとって、リベリオの第一印象はそれはもう悪いものだったのだが。
　エアハートを含めた直後のやり取りでいくらか親しみが湧いたのをきっかけに>>37>>109、リベリオのことを落ち着いて観察するようになった。

　そうして気付いたのは、リベリオはエアハートを切磋琢磨し合う友人と思っているだけでなく、勇者として敬意を表しているようだということ。>>80>>81

　彼らの間に、どことなくぎこちないものを感じないでもなかった。>>82>>83
　だが戦いの旅の中、リベリオは時にエアハートを守ろうとし、その姿は献身的にさえ思えた。>>92

　“厄介な盾”>>91
　後に敵対する予定でリベリオを観察していたビアンカの感想はそれだった］

獣使い ビアンカ

［リベリオは剣舞に長け、魔法も扱う。
　だが魔王軍が外からエアハート一行を見ているだけなら、リベリオを脅威とは見做さなかっただろう。
　リベリオが弱く見えるわけではない。魔王軍視点では他にもっと厄介な連中がいるのだ。エアハート本人も含めて。

　だが、ビアンカは彼を脅威と見做した。
　最も警戒せねばならない相手だと。

　もし不意をついてエアハートを攻撃しようとして、リベリオが身を挺して彼を守ったとするなら、その一瞬の間にロザリンド（ローズ）とブリジット（リジー）のバフが畳み掛けられるのは目に見えている。魔王相手ならアルノの力まで加わるのは想像に難くない。
　ならリベリオを先に葬れば良いのか。それも手損という意味では同じだ。

　自分と魔王が共に戦うのであっても苦戦を免れえなくするであろう、あってはならない“厄介な盾”──長い旅を経て、ビアンカはリベリオをそう認識するに至っていた］

獣使い ビアンカ

［だというのに。
　いつの、何の戦いのときだったか］


　　やるじゃん、リオ！
　　あんたって本当に頼れるね。


［戦いでエアハートの盾となり刃となる彼の姿を、そんな風に讃えたことがあった。
　厄介だ、難敵だ──そう思っているからこそ、逆に賛辞が口から出たのかもしれない］

獣使い ビアンカ

［そんなリベリオが、言葉に出すことはなくとも自分のことまで案じてくれていると>>83>>84、ビアンカが気付くことはなかった。

　エアハートの仲間とは自分を除いた他の者たちであり、自分は輪の外にいる。
　少なくともビアンカの認識の上ではそうだった。

　もし彼が自分を案じてくれていると気付いていたとしたら、ビアンカの抱える悩みは随分違ったものになっていたかもしれない］*

獣使い ビアンカ

―　回想：リベリオとの模擬戦　―


　　なんだってェ？
　　溜まってんのかい、リオ。
　　そんなに遊んで欲しいなら相手してやってもいいけど！？


［どこからどう聞いても煽りにしか聞こえない台詞を聞いたそのとき、ビアンカは迷わず鞭を手にした。>>127

　手加減の下手な相棒は控えさせたまま。
　遊び道具でしかない革の鞭で、しばしリベリオとじゃれ合ったのだった。

　後々のためには相棒にも命令をしてスターハント・ウィップを全力で振るい、ここでリベリオを“事故死”させてしまうのが手っ取り早かったのだが。>>115>>116
　ビアンカはそれを選ばなかった。
　そんな大乱闘になったらまずエアハートが割って入ってくるに違いないし、本気の殺意があると見られたら1対多の戦いになる。

　仲間を手にかけるなら魔王の助力がある場所で。
　そうでなくともせめて、容易に援軍が得られる魔王城の中で。
　そう思っていたから、そのときはただ遊びに興じたのだ。“仲間”のふりをする良い機会でもあった］

獣使い ビアンカ

［けれどその裏にリベリオが込めていた思いに、ビアンカは気付かなかった。>>125
　相棒が彼に黙って撫でられていたのを思えば>>124、彼が自分に対しても優しく接してくれていると気付きそうなものだったのだが。

　悩みそのものは何の解決もしなくても、体を動かせば気は晴れるもの。
　一時の気分転換になったことに、ビアンカは心中で感謝していた。
　だが言葉で礼を伝えることは無かった。

　時折讃えることこそあったが>>117、ビアンカとリベリオは、基本的には反目し合う悪ガキ同士のような態度を取り合っていた。
　それは決戦前夜に至るまで変わらなかったのだ。
　実際の行動に出すか出さないかの違いこそあれど>>128］*

獣使い ビアンカ

―　現在・カウンター　―

［ローズと話しながら、ビアンカは考え込んでいた。
　自分が信じたいものとは何か。>>50

　そして考えているうち、ふと、脳裏に浮かんだ言葉がある。

　『最後まで信じてやれよ。相棒を。そして自分自身を』>>123
　あのときリベリオが言っていた言葉だ。

　（自分を信じるって、どうすればいい？）

　自信家の――少なくともビアンカにはそう見える――リベリオに、問いかけたい気分だった。
　自分が信念としてきたものが揺らいでいるとき、果たして何をどうしたらいいのか。彼だったら何と答えるのだろう］

獣使い ビアンカ

［だが、それよりも今は確かめたいことがあった。
　リベリオが魔王を“悪”と断じるその理由だ。
　『魔にも良い奴だっている』>>123
　そう言える彼の目に、なぜ魔王は悪と映るのか？
　聞けば迷いが断ち切れるかもしれないと思った。

　問うならできればエアハートの前がいい。
　エアハートの意見も知りたかった。
　彼が何を思って魔王を倒す気になっていたのか。
　それも合わせて知りたかったからだ。

　ローズとの話を終えたらもう一度席に戻ろう、とビアンカは決意した。

　そのときにちらりと席を振り返ったら、あっかんべーするリベリオの姿が目に入ってしまい>>128、苦笑が漏れた。
　真剣に考え込んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってしまった反面、沈んだ気分がだいぶ紛れた］*

獣使い ビアンカ

―　回想：イルムヒルトとの一騎討ち　―

［なんという茶番。
　最終的なビアンカの感想はそれだった。

　イルムヒルトが剣を手にするなら鞭で腕を絞め上げ、蹴落とそうと思っていたものを、いつの間にか鞘に納められていて。
　察しのいい女だと内心で舌打ちしながら、間合いを取りつつ動きを封じようと試み続けた戦いだった。

　それもあっという間に終わり、失敗どころか褒め称えられて>>150］


　　当たり前でしょうが。
　　協力してもらおうってのに、本気で戦ってどうするのよ。
　　殺しちゃったら意味ないでしょ。


［目論見は外れたのにすんなりその言葉が出たのは、その失敗例を考慮したからだ。>>104
　そう、つまり単身での攻撃力に劣るビアンカはある意味で適任であった。　
　名乗りを上げる前に、その可能性には思い至らなかったのだが］

獣使い ビアンカ

［そうしてビアンカの企みこそが失敗に終わり、イルムヒルトがエアハートの仲間に加わった。

　だからといって竜騎士団の敗北が決まったわけではないし、魔王の眼前まで攻め込まれたときの保険が自分なのだ。ビアンカはこのことを強く憂いはしなかったが――

　イルムヒルトの手加減したかのような戦い方、そしてやけにあっさりと引き下がった姿を見て、まるで最初から加入を決めていたようだとビアンカは感じた。
　その結果、“茶番”という感想になったのだった］*

獣使い ビアンカ

―　現在・酒場　―


　　うん……そうだね……。
　　ローズ、いろいろありがと。
　　他の人とも話してみる……。


［ローズとの話を終えて、カウンターの席を立つ。
　去り際にもう一杯、今度は*スクリュードライバー*を頼んだ。

　作ってもらったグラスを持って、改めてテーブル席を振り返ってみると、さっきまでいたはずのエアハートはいなかった>>168］

獣使い ビアンカ

［ビアンカはひとまずテーブル席に戻って、先ほどはろくに食べていなかった食事をすることにした。
　そこに誰が残っていただろうか］


　　エアハート、いないんだね。
　　戻ってくるかな？


［料理に手を伸ばしながら、その場にいる“仲間”に声をかける。

　ビアンカは多くの“仲間”を愛称で呼ぶが、エアハートには愛称をつける様子がないのを、他の“仲間”たちはどう思っていただろうか］*

獣使い ビアンカ

［“仲間”への愛称は、埋める気のなかった心の距離を誤魔化すため。
　愛称をつけるまでもなく呼びやすい名前でも、そのまま呼ぶこともあれば愛称にすることもあった。

　なのにエアハートには愛称をつけていなかったのは、いつか必ず仕留めるつもりで立ち向かう相手だから。>>107
　他の“仲間”とも必然的に敵対するはずで、そちらは取り繕えるのに。
　エアハートのことだけは、表面上の距離さえ詰めにくく感じていた。

　ビアンカが家族のように思っていた魔王軍で、兄のように慕っていた大魔王ノエルが>>105、強く敵視する相手だからだろうか。

　魔王軍にも様々な者がいた。
　ノエルを「魔王様」と呼び慕う者もいれば>>67、ビアンカのように家族同様に考えている者もいた。
　どのような接し方をしようと、ノエル側がどうということは無かったのだが。
　幼い頃から魔王軍で育ったビアンカの目には、魔王軍は大きな家族のように見えていた。
　それはもしかしたら、大魔王本人が過去に失ったと思い込んだ家族を取り戻そうとした結果だったのだろうか>>146］**

獣使い ビアンカ

─　回想：カウンター　─


　　欲張って総取り……、
　　それだけ真剣……、かぁ。


［『悩めた方が人生楽しい』>>218
　その言葉は今のビアンカには重すぎた。

　相反する信念を両方選ぶというのも。>>217
　魔王の味方として勇者を倒すか、
　勇者の仲間として魔王を倒すか。
　その二つをどうやって両方選べるというのだろう？

　いつか今日の悩みを楽しい思い出として振り返れるのだろうか。
　それよりもまず、明日までに答えを出せるのだろうか。
　そんな見通しは全く立たなかった］

獣使い ビアンカ

［ローズに頭を撫でられそうになって>>218］


　　ちょっ……、子どもじゃないんだから！


［言葉では抵抗したけれど、撫でる手は拒まなかった。
　その後、お礼を言って、もう一杯のカクテルを頼んで、カウンターを去った>>176］**

獣使い ビアンカ

─　決戦前夜：エアハートへの問いかけ　─

［もし酒場に戻ってくるなら酒場で、戻って来ないなら寝る前までに姿を探して。
　ビアンカはエアハートに、ずっと尋ねそびれていたことを尋ねた］


　　ねえ、エアハート。
　　あんたさ、なんで魔王を倒す気になったの？
　　元は城勤めだったんでしょ。

　　やっぱり“倒すべき敵”だから……？
　　あんたも魔王は“悪”だと思ってるの？


［魔王は“悪”で、倒すべき敵──多くの人はそう思っているのだと、これまでの旅路のあちこちでビアンカは目にしてきた。
　けれどエアハートがどう思っているのか、はっきり聞いた覚えがない。>>33

　なぜ戦うのか、どういう思いがあるのか。
　決戦前夜の今こそ尋ねておかねばならないとビアンカは思った。自分自身の悩みを断ち切るために］**

獣使い ビアンカ

─　回想：魔獣大行進事件>>28　─

［ビアンカが“敵”として大魔王ノエルに対峙した数少ない機会。その中で一番最近の出来事が、アルノの村が襲われた、通称『魔獣大行進事件』だ。

　そのときのノエルは本当に悪役そのものだった。
　魔王城の中では優しいのに。少なくともビアンカにはそう思えていたのに。
　あれを見たら誰だって『魔王は悪だ』と断じても無理はないと、ビアンカですら思うほどだった。

　同時に思った。自分の故郷が襲われたときもこんな感じだったのだろうかと。
　ずっと話に聞いていただけで実感が無かったことが、ようやくそのとき想像できたのだ。

　旅の間、ビアンカの中にぼんやりと浮かんでいた疑念が形を取り始めたのも、この日がきっかけだった。>>106
　なぜこんなに世界中に敵を作って、悪者になってまで──。

　信じていた“正義”の揺らぎ。そこから来る悩み。
　予定通りに勇者に仇なすのは、本当に“正しい”ことなのか？］*

獣使い ビアンカ

―　現在より少し後：宿屋の談話室　―

［酒場から宿に戻った後、エアハートに声をかけられて向かった談話室で、じっと彼の話を聞いた。>>251

　魔王軍なりの“正義”が、その最大の敵である勇者に理解されていたことを、どこか嬉しく思った。>>252
　そして、あの日>>264ノエルが悪に見えた理由も、話を聞いていて自然と納得できた>>253>>254］

獣使い ビアンカ

［ずっとただ相槌を打ちながら話を聞いているだけだったが、問い返されると>>255、ビアンカは一瞬だけ考え込んだ］


　　……あたしも思ってたんだよね。
　　魔王は……ある意味で“正しい”んだろうって。
　　でなきゃ、あんなに仲間がいるはずないもの。

　　だから……このまま倒していいものなのか、
　　よくわかんなくなって、悩んでた。


［本当に思っているのは、逆のこと。
　勇者もある意味で正しくて、このまま裏切っていいのかわからなくなった。
　それを丁寧に裏返しながら、慎重に言葉を紡いだ］

獣使い ビアンカ

　
　　でも、今、話を聞いてて思った。
　　魔族はよく「“星”のため」って言うけどさ……、
　　今生きている人たちを犠牲にするのは、やっぱり違うよね。


［それはノエルが時折口にする言葉でもあり>>105、他の魔王軍が言っているのも、旅の途中で何度か聞いた。

　正義のぶつかり合い。勇者と魔王との戦いはそういうものだと、やっと納得できたところで。
　では、明日、自分はどうするか。
　やはりその悩みが頭をもたげてくるのだった］*

獣使い ビアンカ

―　現在：酒場　テーブル席　―

［そこにアルノやヴィムはまだいるだろうか。
　いるなら何かしら話をするだろうけれど。

　ビアンカがずっと気になっているのはエアハートとリベリオのことだった。二人に、尋ねたいことがあったのだ。

　だけれど、テーブル席に戻るタイミングが悪くて、どちらとも会えず仕舞い。
　食事を終えた後にはエアハートの姿を探す予定なのだが>>241、リベリオのほうはどうしたものかと考え込みながら］


　　あっ、これ美味しい……。


［並んでいる料理の一品を食べたとき、思わず感想が言葉に出た］*

獣使い ビアンカ

―　星狩りの審判　―

［アルノはその力を使って、スターハントの名を冠す神器の力を引き出していった。
　エアハートのものも、ロザリンドのものも。>>270

　だが、ビアンカの鞭だけは、どうしても真の力を引き出せなかった>>271］


　　あたしに素質がないのかもねぇ。
　　気にすることないよ、アル。


［気に病んでいる風のアルノにはそう微笑みかけた。
　それに自分のスターハント・ウィップが真の力を得ないのは、ビアンカにとってはかえって好都合だった。
　だって、そのために手に入れたのだから。
　魔王に神器の力を向ける者を、一人確実に減らすために。>>9

　――その仕組みのことは、ビアンカも知らない>>272>>273］*

獣使い ビアンカ

　
　　もちろん。これまた食べたいね。


［席を外していたアルノが戻ってきて、正面に座る。>>281
　彼はスターハント・ウィップのことを負い目に思っているようだが、ビアンカは気にはしていない>>276］


　　……別に、怖くはないなぁ。
　　エアハートにアルに、ローズやリジー、リオにヴィー。
　　それとあたしの相棒のネビ。
　　これだけいれば、怖いもの無しでしょ。
　　イルムは陽動してくれる予定だしさ。>>62


［負ける要因がないと言いたげに微笑んで見せた。
　それは本心でもあった。魔王に勝ち目がない気がしていた。例え自分が力を貸しても、勇者の勝利は揺らがないのではないか。そんな気がしていた。
　自分の身の振り方はまだ決められていなかったのだが］

獣使い ビアンカ

　
　　……アルは、魔王を悪い奴だと思ってるんだよね。


［前にも何度かそんな言葉を聞いた気がして、そう声をかけた。
　その会話はたぶん、そんなに広がりはしなかったろう。
　ビアンカも食事をそこそこに済ませて席を立つつもりだったから］*