【墓】 精神科医 佐田春陽

>>35>>36
[彼女の質問にも、涙声でこぼされる弱音にも、どう返答すればいいのか分からなかった。

今、春陽がどこにいるのかは分からない。
私と入れ違うようにして、身体から弾き出された春陽の意識は、それでも関係者である家族に繋ぎ止められてか、自我を失った霊になっていないことだけは確かなのだが。

春陽は強い目的意識や思念を持っているわけではない。
生者を引きずり込むという、他の霊の意識に引っ張られ、どこかで迷っているのだろうと思う。

ただそれを彼女に伝えられないことだけが確かだった。
こんなに不安定な彼女にそれを伝えれば、意図せずして死へと引っ張ることになるだろう。

だから私は沈黙した。
彼女の弱音には、何を言っても無駄なのかもしれないが、それに一言だけ返答をして。]

自分を大切にできないのは仕方がない、けれども春陽も君を大切に思っただろうこと、心に留めておいてくれ。
誰かに大切に思われたということを忘れないでくれ。

[それしか言えない。それ以外にかけてやる言葉は見つからなかった。
そして、その場を後にする。その場でできることは、もうなかったからだ。**]